2010年10月23日

無題

組織に必要なのは、やる気のない人間を甘やかすことではなく
やる気のある人間を幻滅させないことだと思う。

多数決をとれば2割反対がいるのは当たり前、そこに気を取られるな
働き者だけを集めたつもりでも、しばらくすると2割はサボりだす。
人間はそもそも怠けたい生き物。
切っても切っても変わるものではないらしいから。

で、最初の問いに戻るのだけど
つまり、やる気のないのは仕方がないけど、
やってる人との差は明確につけるべきと思う。

共産主義じゃないんだし。
と、思う徹夜明けの朝。

楽してそこそこ、の人があふれだしたら
しんどくて頑張ってほどほどの状態にいる人は報われた気がしないの。
posted by アオカスミ at 09:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
全く同じ箏を最近よく思ってます
でも管理職がやる気ねーケースとかが
どうにも絶望的なんだよね
Posted by やーす at 2010年10月23日 12:49
わが社は「ひょっこりひょうたん島」なの
善人も悪人も
働く人も働かない人も
みんなでうまくやりながら行き着くとこまで流れていくのよ

わが上司の名言。今は気力体力充実してて、それなりの対価をもらっているから笑えるけど。ストイックなまでに上昇志向の人と仕事するのもしんどいけど。日々の小さな成長を望まなくなった人や組織は、死んでるのと同じだ〜。
Posted by u-asa at 2010年10月23日 22:00
>やーすさん
やる気をなくしてしまった人にやる気を出させるのは、
もともとやる気のない人にやる気を出させるより難しいかもしれないですね。

しかし管理職にやる気がないのは痛いですね・・
逆も逆で苦しいですが

>u-asa
流れない水は淀み、腐る。と言ったのは誰であったか。

(良い方向へ)変わり続ける意志をなくしたら、人も組織も緩やかに死んでいくよね。

ひょっこりひょうたん島かぁ
しかし、全員を養う糧がこの島にあるのだろうか。
足りない時、誰が誰を裁いて蹴落とすのか…と言えば
やる気のある「善人」が「悪人」を裁いていくのでしょう。

気力・体力に余裕があれば、他者を気にかけることができるけど、自分すら見失うその時に、私たちは誰をかばうことができるだろう、ね。

とはいえ、確かに熱々のストイックな人には(体力的にも)ついていけなさそうだなぁ。心棒はするだろうけど
Posted by アオカスミ at 2010年10月24日 00:58
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