2010年11月14日

マスメディア

私はテレビを見ない。
家にテレビがないっていうのもあるのだけど、基本、家には寝に帰るだけの生活で、かつ月の1/3くらいは留守にしているから、連続ドラマとかも見る気がしない。
同じ理由で新聞もとっていない。
ニュースは、主にネットで追いかけているのだけど、本当は読むべきなんだろうね。。
とはいえ、私の日常と、そこにつづられる「世間」がかけ離れている気がして、あんまり集中して読めない。
文庫や必要なビジネス誌は読むから、活字が苦手なわけではないのだけど。
どうやら、客観性を装って主観を押し付けてくる感じにアレルギー反応を起こしているようなのです。
だから著者名を前面に出してくる雑誌やなかは平気らしい

前々からその毛はあったんだろうけれども。
なにかにつけ「常識」とか「普通」とかを基準に物事を測っては、自分の想定外の出来事を受容できない人の多くが、自分の話に説得力をつけようと「みんな言ってる」とか「テレビで言っていた」というのが気になる今日この頃。

立場上、その時は何も言いませんけど、テレビに出てくる人は、テレビが言わせたいことを言ってくれる人なんだよ、って教えてあげたい。
疲れてくるとこっちも余裕がなくなってくるので、多数決大好き、和をもって尊し、異物をつまはじきにすることで保たれる連帯感を、良しとできず、引っかかるのです。
その気質を盾に、自分の意見や価値観をごり押ししてくる感じが嫌なの。


んー、なんでこんな話にだったのだっけ??
そうだ、突然ツイッターのフォロワーが100人も増えたのにたまげた話をしたかったはずなのに。
支離滅裂ですみませんでした。
posted by アオカスミ at 01:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その気持ちわかるわぁ〜。
TVは印象操作を平気でするからね〜そして
TV局の言うことを聞く(または言う)人しか出さない。
それが如実にわかってから私もほとんどTV見なく
なったのよね。。。
Posted by たぬぽん at 2010年11月14日 10:38
その「毛」があるって(笑)

メディアの使い方ってそうじゃないさ。
初めっから主観しか言えないもの。
あれは客観的な事実を数学の問題みたいに
出題してるんしまゃなくて、こういう事実が
ありました、私たちはそこ事実に対して
こんな風に思ってます、皆さんはどう考えますか?

っていうニュース価値の提案をしてるのよ
だから客観性を装おって主観を押しつけるってのは
よく言われるけど、ちょっと残念。
ニュース内容の良い、悪いなど、
神様じゃないし、数学の問題の答えでもないから
統一的な見解など無くて、個人個人が自分で
結論を持つしかないはず。それは前提なのに
そういう批判が来るとちょい苦しい、と昔から思ってはいました…
Posted by やーす at 2010年11月14日 12:06
心のこもった主観を伝えるべき人間が、責任を持って主観を伝えきれていない。そのことが、世の人々に「客観性を装い、主観を押し付けている」ように感じさせているのだと思います。内田樹さんの言葉を借りれば、今のマスメディアは「誰が伝えても同じ内容」と「誰が伝えなくても同じ内容」が大半を占めている。だからみんな一緒で、面白くない。
書き手の顔まで見えてしまうような記事を書きたいものです。容易いことではないけれど。
Posted by u-asa at 2010年11月14日 23:48
すいません、いつも以上な攻撃的な物言いなのは、
最近対等なおしゃべりができていないストレスの所為です。(たぶん)

>たぬぽん
たぬこもそう思っていたのかぁ〜
一度いろいろダークな話もしようよ。
いつもの女子トークも楽しいけどさ♪

>やーすさん
ひー、ひどい誤植(恥)

問題は受け手にあるのすけどね。
ネットで書かれていることの真偽を疑ってもテレビや新聞の言うことは鵜呑みにするのはなぜだろう??といつも思っています。

おっしゃる通りの「暗黙の了解」を誰もが共有していないからなんでしょう。
「郷に入っては郷に従え」といくら私が思っても、お客様は「日本じゃ考えられない(怒)」と海外に来てつぶやくのと同じ原理と思います。

堂々巡りというか自縄自縛というか、その、暗黙の了解を理解していない人にイライラして、つい、矛先を「発信者」に向けてしまいたくなる。
つまり自分の価値観を通せなくて苛立っている状態で、
八つ当たりのようなものです。すみません。<(_ _)>

>u-asa
書き手の署名がちょっとあるだけで、その人の人となりも顔も下の名前も知らなくても、社説やなんかは安心して読めるのだから、単純なものです。
名入りで書かれた文章の持つ潔さというか、責任感に安心するのでしょう。
しかし全てそうできるほど世の中寛容でもないから、難しいと思う。
一つの事象に対し、正反対の意見を並べて、受信者に比較をさせることも。

「客観性を装っている」ように見えるのは、
ひとえに「メディア=公共物」という錯覚から、私も抜け切れていない証拠でしょう。
各紙・各局のスタンスをインプットしてしまえば、そういうイライラから多少は解放されるはずなのに、と思います。
勉強あるのみですね。
Posted by アオカスミ at 2010年11月15日 02:34
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